東京 銀座や丸の内、日本橋…浮世絵で見て歩く華やかな明治時代の洋風建築【後編】 (2/5ページ)

Japaaan

『名所江戸百景』歌川広重(国会図書館デジタルコレクション)

京橋一帯は水運の便が非常に良く、京橋川の周辺には遠方から多くの作物が集まり、川の北西には通称「大根河岸」と呼ばれた青物市場があった。特に江戸近郊で採れた大根が多く荷揚げされたことが名前の由来である。

その隣りは千葉や群馬から運ばれてきた竹を扱う竹問屋が軒を連ねた。「竹河岸」と呼ばれた一帯は、歌川広重の『名所江戸百景』にも描かれ、当時の風景を垣間見ることができる。

このように物流の拠点となった京橋が木橋から石橋に架け替えられたのは、明治8(1875)年のこと。施工は浅草橋や万世橋など東京の橋を手掛けた熊本の石工・橋本甚五郎だ。
翌年には京橋から新橋にかけて銀座煉瓦街が完成しており、京橋は華やかな銀座の北の入り口として賑わった。

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