東京 銀座や丸の内、日本橋…浮世絵で見て歩く華やかな明治時代の洋風建築【後編】 (3/5ページ)

Japaaan

橋の上を人力車と3頭立て・2階建ての馬車が走っているように、銀座の入り口であったこともあり交通量がかなり激しかった京橋。もともと鉄道馬車の軌道も敷かれた大型の橋であったが、1901(明治34)年に鉄橋へと架け替えられた。

『東京開化三十六景 京橋煉化石造』歌川広重

江戸が終わり東京の街並みは西洋風に変化したが、京橋の下には江戸の面影を残すかのように大根を運ぶ高瀬舟が描かれている。江戸から始まった大根河岸と竹河岸はその後も明治・大正・昭和と続いたものの、京橋川が昭和34(1959)年に埋め立てられ、京橋も撤去された。

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