討幕への口火に!黒幕・西郷隆盛が仕組んだ薩摩屋敷焼打ち事件とは【薩摩藩邸焼打ち事件の真相編】 (4/5ページ)
(写真:Wikipedia)
事件から伺える西郷隆盛の人物像
維新三傑の一人に数えられる西郷隆盛。その人物像は偉大さから「大西郷」とも称えられている。(写真:Wikipedia)
鳥羽伏見の戦い・戊辰戦争の口火となった「薩摩藩邸焼打ち事件」は、武力討伐によって江戸幕府を壊滅させた歴史の大きなターニングポイントであったといえよう。
それを見事に的中させた西郷隆盛はやはりただ者ではなかっただろう。西郷の画策なくしては、明治維新後の薩長藩閥の政治形態はなかったかもしれない。
西郷隆盛といえば、
・大きな体で、気が優しくて力持ち
・類まれなるリーダーシップと政治力をあわせ持つ人物
・誰からも愛される気さくな人
一般にこのようなイメージで語られることが多いのではないだろうか。
しかし、こと「薩摩藩邸焼打ち事件」を通じてその人物像を伺ってみると、そこには目的達成のためには手段を選ばない「冷徹」な西郷の人物像が浮かび上がってくる。
「薩摩藩邸焼打ち事件」では、薩摩浪士隊と交戦した武士だけでなく、商人や町民といった庶民の犠牲者が数多く生じた。
そして、なによりも西郷の意を受けた浪士たちの多くが死傷したのだ。