討幕への口火に!黒幕・西郷隆盛が仕組んだ薩摩屋敷焼打ち事件とは【薩摩藩邸焼打ち事件の真相編】 (1/5ページ)

Japaaan

討幕への口火に!黒幕・西郷隆盛が仕組んだ薩摩屋敷焼打ち事件とは【薩摩藩邸焼打ち事件の真相編】

鳥羽伏見の戦いを誘発したとされる薩摩藩邸焼打ち事件。

【第2回】では、大王政復古の大号令後の維新政府、復権を画策する徳川慶喜の動向について。そして、追い詰められた維新政府倒幕派を救ったのが薩摩藩邸焼打ち事件であることを紹介した。

【第3回】は、薩摩藩邸焼打ち事件と西郷隆盛の人物像についてお話ししよう。

前回の記事はこちら

討幕への口火に!黒幕・西郷隆盛が仕組んだ薩摩屋敷焼打ち事件とは【維新政府、徳川慶喜の動向編】

薩摩藩邸焼打ち事件とは

薩摩藩邸跡に建つ石碑。(写真:Wikipedia)

工作の成功にほくそ笑む西郷

1867(慶應3)年の師走は、西郷隆盛、大久保利通などの薩摩藩討幕派にとって、心を休める時が全くなかったのではないだろうか。

王政復古の大号令をもって、維新政府が立ち上がり、自らが思い描く政治体制を築けたはずであった。しかし、実態は全く違っていた。

「討幕への口火に!黒幕・西郷隆盛が仕組んだ薩摩屋敷焼打ち事件とは【薩摩藩邸焼打ち事件の真相編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、薩摩藩邸焼打ち事件西郷隆盛幕末明治時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る