常識なんて彼には通用しない!宇喜多直家、暗殺を繰り返した残忍で勇猛な戦国武将 (2/2ページ)
舅の中山信正を斬殺したり、娘婿の浦上宗辰や後藤勝基、姉婿の谷川久隆なども殺害したりしました。
後に、織田家につき、息子の宇喜多秀家を羽柴秀吉に託して天正9年(1581年)に亡くなりました。
宇喜多直家の人物像は?宇喜多直家は、暗殺を繰り返したことから、悪人と言われることが多いです。弟の宇喜多忠家(ただいえ)からも「兄は腹黒く、何をたくらんでいるかわからない」と言われるほど。
しかし、暗殺をさせた古参の家臣たちを使い捨てにすることもなく厚遇したり、また人々が飢えているようであれば自身も食を断ったりするなど、人々を思う気持ちもあったことがわかります。
一方、殺害するターゲットが男色家の場合は、容姿端麗な小姓を刺客として送り込むなど、あらゆる手練手管も持っていました。
いかがでしたか?
今回は、「悪人」と称されることの多い、宇喜多直家についてご紹介しました。この記事が、みなさんが少しでも歴史に興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
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