人の真価は死に様にこそ…明治時代の士族叛乱「福岡の変」に散った英雄たちの最期【下編】 (2/6ページ)
小林永濯「鹿児島新報田原坂激戦之図」
咲かて散る 花のためしに ならふ身は
いつか誠の 実を結ふらむ【意訳】咲き誇ることなく散ってしまう花のような一生だったが、大義のために生きた誠の心は、後世必ず結実するだろう
※越智彦四郎の辞世
官憲に捕らわれてしまった越智が刑場の露と消えた一方、武部は再起を図るべく捜索の網をかいくぐり、鹿児島まであと一歩のところまでやって来たのですが……。
人質にとられた少年たちを救うため……「何だと……っ!」
武部らのもとへ入ってきたのは、彼らの教育していた少年たちが投獄、拷問までされているとの悲報でした。
「……未来を担う少年たちを見殺しには出来ない。かくなる上は、自首するよりあるまい」
「「「先生!」」」
「我が死にざまを少年らに示し、後に続く者を信じよう」
人質をとられて悪党に屈する……ここまではありがちな展開ながら、ここからが神出鬼没で官軍を悩ませた武部小四郎の真骨頂。
「此度の一件、すべて我が一存なれば、ただちに少年らを釈放せよ!」
彼らは官憲の捜索をかいくぐり、鹿児島との国境から福岡県庁まで捕らえられることなくとんぼ返り。いきなり降ってわいたような武部らの出現に、当局は度肝を抜かれました。