大阪都構想は幕末から?維新の元勲・大久保利通が計画していた幻の「大阪遷都」 (2/4ページ)
「畏れ多くも聖上陛下が、あんな品のないところでお住まいになるなど、考えるだけでゾッとする!」
「ましてや陛下のお住まいを、臣下に過ぎない大久保、木戸の如きが決定するなど不敬千万ではないか!」
しかし、権力の絶頂にあった大久保と木戸はそんな声など馬耳東風。大阪遷都への前段階として、明治天皇に大阪城へお出まし(行幸)願います。
1月から開始された関東征伐(戊辰戦争)の本部指揮所とする大阪城の視察が名目でしたが、そのまま三種の神器もお移しして、強引に大阪遷都を推し進めてしまうつもりだったようです。
このままでは、大阪への遷都が決まってしまう……それを止めたのが、前島密(まえじま ひそか)らの献言でした。
大久保の大阪遷都に待ったをかけた前島密。Wikipediaより
「もしも都を移されるなら、大阪よりも江戸の方がよりふさわしうございまする」
大阪よりも江戸の方がふさわしいのはなぜでしょう?その理由は、おおむね以下の通り。
一、瀬戸内海は外洋航行できる大型船舶の出入りに不向き。一方の江戸(東京湾)は国際的な良港として発展できるポテンシャルを持っている。