大阪都構想は幕末から?維新の元勲・大久保利通が計画していた幻の「大阪遷都」 (3/4ページ)

Japaaan

一、江戸城を皇居に転用できるほか、諸藩の邸宅なども多く、これらが政府施設として活用できるほか、防火のため区画を広くとっているため、都市の開発・整備がしやすい。

一、何よりロシア帝国の南下を防ぐ上で蝦夷地の開拓が急務であり、地政学的に有利な江戸を押さえておくべき。また、抵抗している東国諸藩を抑える上でも有利。

「……とは言え、京都もまた日本国の要として重要な場所にござれば、江戸へ遷都とはなさらず、奠都とされるがよろしいかと」

奠都(てんと)とは、完全の都を移し、元の都を廃止してしまう遷都と異なり、江戸「も都である」と定めることを言います(解釈には諸説あり)。

「うむ……ならば東にも新たな都を定め、東西の都をもって日本国じゅう皇威をあまねくゆきわたらせよ」

かくして江戸への奠都が決定、同年5月には江戸が「東京(東京府)」と改称。以来日本国には、東京と京都で二つの首都が存続するのでした(とりあえず、名目上は)。

終わりに

よく京都の方が「東京は首都ではない。なぜなら遷都の詔勅が発せられていないから」というローカルジョークを飛ばすことがあります。

確かに遷都の詔勅は発せられていませんが、東京もまた日本国の首都であり、東京が首都であることを前提とした法律が多く施行されているなど、名実ともに日本の首都となっています。

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