日本が鎖国状態の江戸時代、出島に来日し博物学的な研究を行った「出島三博士」 (3/3ページ)
おそらくこの3人のなかで最も有名なシーボルト。彼はドイツ人医師であり、博物学者でした。文政6年(1823年)から文政12年(1829年)まで出島におり、長崎商館医としてだけでなく、鳴滝塾を開き、日本人を相手に医学や博物学を教えました。
文政11年(1828年)には、シーボルト事件(国禁となっていた地図を日本から持ちだそうとした)により翌年国外追放となりました。なお、植物学者としては、大豆の原種とされるツルマメの学名をGlycine Sojaと名付けたことでも知られています。
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