優れた血統を残し、劣った血統をなくす。世界を動かした「優生学」の正体とは (1/3ページ)
優れた血統を残し、劣った血統をなくすことで、人類全体の質を向上させる。
この「優生学」という思想は、かつてナチス・ドイツの政策に取り入られ、大量虐殺を招いたことから、第二次世界大戦後からは「タブー」として扱われている。
では、「優生学」の思想は消失してしまったのか? その問いに対して「イエス」とは言い切れないだろう。姿かたちを変えて、今なお、この世界に根強く残っている。
20世紀前半、優生学は国家の暴走の一端を担った。それをまた起こさないためにも、私たちは「優生学」とは何たるかを知る必要がある。
『14歳から考えたい優生学』(フィリッパ・レヴィン著、斉藤隆央訳、すばる舎刊)は、優生学の成り立ちや広がり、この思想が何を生んできたのかを解説した一冊だ。「優生学」とは一体なんなのか? その歴史を見ていこう。
■20世紀はじめに急激な成長を遂げた「優生学」優生学はナチス・ドイツだけで広がった思想ではない。欧米に限らず、中南米、中東においても、20世紀はじめに急激な広がりを見せていた。優生学の推進に特化した研究所では、政府や当時の慈善団体から資金があたえられ、社会福祉にかかわる多くの法律の基礎も提供していた。
つまり、当時、優生学は人々の生活と強く結びつき、まさに国家プロジェクトの一部を担っていたともいえる。
「優生学(eugenics)」という言葉が誕生したのは1883年のこと。イギリスの統計学者フランシス・ゴールトンが考案した。ゴールトンは、人間の遺伝の操作を動物の「育種」(品種改良するような遺伝的試みのこと)になぞらえ、それによって人類を改良することを夢見ていたという。
20世紀初頭、このゴールトンの考え方は人気を集めていた。その影響を受けた最初の社会政策は「精神障害者」の結婚を禁じ、彼らの断種(不妊手術)を認める法律の制定だった。さらにそこから20世紀前半のうちに、優生学は、結婚や子育て、犯罪、さらに移民から保健医療まで、人々の暮らしにかかわる多くの領域に入り込んでいった。