騙される方が悪いのか?!江戸時代、利権独占に抗議した「武左衛門一揆」の顛末 (3/4ページ)
その数は七千名を超えたと言われています。
「アイツ、あの時の桁打ちか……っ!」
「謀られた……あの場で捕らえておけば……っ!」
一揆勢はあまりにも多く、下手に取り締まろうとすればこちらが危ない……対応に迫られた吉田藩当局は、家老の安藤儀太夫継明(あんどう ぎだゆうつぐあき)を八幡河原に派遣し、責任を取るために切腹させました。
「そなたたちの要求を受け入れて紙座は廃止し、此度の主導者については罰せぬこととする!」
「「「やったぁ、俺たちの勝利だ!」」」
武左衛門たちは大いに喜びましたが、そのままめでたしめでたし……とはなりません。
実は吉田藩当局は一揆の首謀者を処刑する気満々でしたが、武左衛門たちはそれを予測していて、誰が主導者か判らないよう綿密に打ち合わせていたのです。
しかしこのままでは腹が収まらない当局は、農民たちに酒を振る舞い、何とか情報を引き出したのでした。
「それにしても、先刻の一揆において皆を取りまとめた者の手腕は目を見張るものであった。