騙される方が悪いのか?!江戸時代、利権独占に抗議した「武左衛門一揆」の顛末 (2/4ページ)

Japaaan

法華津屋の利権独占により、困窮する紙職人たち(イメージ)

「このままじゃ、飢え死ぬばかりだ。皆で一揆して、殿さまに座をやめるよう掛け合おう!」

声を上げたのは、日吉村(現:愛媛県北宇和郡鬼北町)の百姓・武左衛門(ぶざゑもん)。一人二人では聞く耳持って貰えなくても、力を合わせれば無視できなくなるはずです。

「しかし、お上の監視が厳しいから、あまり人を集めると謀叛の廉(かど)でお縄になりはすまいか……」

「……それについちゃあ、考えがある」

と言うなり武左衛門、得意の桁打ち(浄瑠璃語り)で各地を巡り、嘉平(かへい)の変名で当局の目をくらましながら同志を集めていきました。

「こら、いったい何の集まりだ!……あぁ、浄瑠璃か。なかなか上手いな。今度奉行所でも語ってくれ」

「へぃ、ありがとうごぜぇやす。どうか今後ともご贔屓に……」

そんな調子で3年間の歳月を耐え忍び、ついに寛政5年(1793年)。かねてよりの打ち合わせ通り、武左衛門らは一斉蜂起したのでした。

一揆は成功!武左衛門たちの要求は受け入れられたが……

「野郎ども、今こそ立ち上がれ!」

「「「おおぅ……っ!」」」

何はなくとも法華津屋を打ち壊した武左衛門らは徒党を組んで伊吹八幡神社前の河原に大集合。

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