大谷吉継の首級はどこに?湯浅五助との約束を果たした戦国武将・藤堂仁右衛門 (4/4ページ)
仁右衛門よ、何か知っておるのではないか?」
家康のご機嫌を損ねぬよう、高虎も答えを促します。あり得ないこととは思いながら、万に一つ仁右衛門が利敵行為などしていれば、どんなお咎めを受けるか分かりません。
しかし仁右衛門は、事の次第を正直に答えます。
「いかにも刑部の首級について、その在処は知っております。しかし五助と交わした約束ゆえ、何人たりとも明かせませぬ」
「何だと!」
「たとえ敵といえども、信義に悖る振る舞いは武士として末代の恥。罰するならばいかようにもなされませ」
どれほど説得しても頑として譲らない仁右衛門の心意気に、呆れるやら感心するやら……とうとう家康は吉継の首級を諦め、仁右衛門に褒美として槍と佩刀を与えたということです。
終わりに
かくて主君の名誉は守られた。落合芳幾「太平記英雄傳 大谷刑部少輔吉隆」
こうして大谷吉継の首級は見つからずじまいとなりましたが、五助との約束を守り通した仁右衛門はもちろん、その強情を許してやった家康の度量も相当のものでした。
自分の命と引き換えに主君の名誉を守る者、その想いを汲んで命がけで約束を守る者、それらの心意気を受け入れる者……かつてこういう日本人がいたことを、次世代に伝えていきたいものです。
※参考文献:
参謀本部『日本戦史 關原役補傳』元真社、1893年6月 大日本人名辞書刊行会 編『新版 大日本人名辞書 下巻』大日本人名辞書刊行、1926年6月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan