槙原寛己「ヤクルトは6位予想、途中入団の外国人の活躍が読めなかった」 (3/3ページ)

Asagei Biz

槙原寛己(まきはら・ひろみ)1963年、愛知県生まれ。愛知県立大府高校卒業後、ドラフト1位で読売ジャイアンツへ入団。初登板で初完封、その年に12勝を挙げ、当時の日本最速である155キロを記録するなど、藤田・王・長嶋監督のもとで、巨人黄金時代を支える投手として活躍した。94年、対広島戦で20世紀最後の完全試合も達成。98年、シーズン途中からリリーフへ転向し、01年に現役を引退。現在は野球解説者として、プロ野球、メジャーリーグなどの解説で活躍中。

*「週刊アサヒ芸能」11月4日号より

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