藤原定家の恋情が葛(定家葛)となり式子内親王の墓に絡みついた話 (2/5ページ)

心に残る家族葬

それゆえ、定家の執心が葛となり、墓にまとわりついていると言う。そして自分は実はその内親王で、絡みついた葛が苦しくてたまらない。何とか助けてほしいと、僧たちに助けを求め、姿を消した。そこで僧は「定家葛」が絡みついた石塔に向かって、法華経を読み始めた。夜もふけ、読経の功徳から、葛の蔓(つる)がだんだんと緩み始めた。そしてとうとう、長年定家に縛りつけられていた内親王の魂は自由になった。そこで内親王の霊は、僧に感謝を表したいと、生前好評を博していた舞を舞い始めた。しかし内親王はもはや、若く美しい姿ではなく、年老いて、醜くなってしまっていた。それを恥じた内親王は扇で顔を隠しながら、自分の居場所はこの墓の中にしかない。今再び、この姿で人前に出るよりは、もとのように、誰にも目立たないこの場所で、定家の恋情に絡みつかれたまま、苦しみながら生き続けるほうがいい、と言い、元に戻ることを決めた。すると、ほどけていた葛の蔓が再び内親王の霊に絡みつき、更に墓を覆い尽くしていった…。

この謡曲のもとになった、定家の内親王への思いが葛となって、内親王の墓に取りまいたという話は、永享4(1432)年以降に成立したとされる、『源氏大綱』に記されている。

■藤原定家と式子内親王の関係をどう解釈するべきか


しかし国文学者・能学者の伊藤正義(まさよし、1930〜2009)は、実際の定家と内親王の恋愛譚を取り扱ったものというよりは、「定家葛」が象徴する「邪淫の妄執」という主題の下に、話が再構成されたものではないか、と評している。

そもそも定家葛だが、キョウチクトウ科の常緑のつる性植物で、本州・四国・九州の山野に多い。初夏になるとジャスミンに似た甘い香りを放つ、白色で、後に黄色に変わる小さな花を咲かせるものだ。この植物が何故、藤原定家と式子内親王に結びついたのかは不明だが、繁茂力や絡みつく蔓の強靭さゆえに、当時の人々には、果たせなかった烈しい恋情や囚われを想起させるものだったのだろう。

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