藤原定家の恋情が葛(定家葛)となり式子内親王の墓に絡みついた話 (3/5ページ)

心に残る家族葬



■藤原定家の烈しい恋情を一方的にネガティブと決めつけることはできない


そして藤原定家の式子内親王への「妄執」、すなわち「迷いによる執着」、「まわりが見えなくなるほどの強いこだわり」、「成仏を妨げる虚妄の執念」…を表す「執着」という言葉だが、もともとは仏教用語で「執著」と記され、古代インドの寓話を集めた『百喩(ひゃくゆ)経』(5世紀成立)が漢訳された際に初めて用いられたものだ。意味としては、「ある物事に深く思いをかけて、とらわれること。執心して思いきれないこと」で、「執着」の「執」が「意地を張る」「しつこく取りつく」の意を表し、「著」は「とても難しい」状況を指す。後に「著」から「着」に変わったのは、「執」の意味のうちの「つく」が、「着」に移行してしまったためなのか、玄奘三蔵(げんじょうさんぞう、602〜664)漢訳の『大般若波羅蜜多経巻』の中で用いられたのが初出だという。この「執着」という言葉は、日本には5世紀頃の仏教伝来とともに入ってきたと思しいが、初登場は説話集の『今昔物語集』(1120年頃)だ。今日の日本語においても「執着」は、仏教における「悟り」を妨げる考えや行動ばかりでなく、「しつこい」「執念深い」「とらわれている」などの否定的な意味を有しているが、現代の中国語においては、中国における1920年代の「新文化運動」の中で「執著」が「執着」の表記で統一されたこと。そしてその運動そのものが、科学と民主主義を旗印とし、革命を妨げる儒教的・封建的な文化や制度を批判する立場であったことから、「執着」が持つ仏教的な「負のイメージ」を廃し、「粘り強く努力する」などの、ポジティヴな意味が付与された。そしてそれが今日の中国語にも引き継がれているという。もしも日本語における「執着」も、中国におけるように国家的な意味や用法の変更措置がなされていたとしたら、定家葛が具現化している「妄執」も、「一途」「一生懸命」などの、好意的な意味に変わってしまっていたのだろうか。
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