言葉の壁を乗り越えるには?遣唐使として海を渡った貴族・橘逸勢のエピソード (4/4ページ)

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橘逸勢の筆とされる『伊都内親王願文(部分)』

しかし罪なくして非業の死を遂げた逸勢は怨霊になったと考えられており、貞観5年(863年)にはそれぞれ非業の死を遂げた伊予親王(いよしんのう)、早良親王(さわらしんのう)、文屋宮田麻呂(ふんやの みやたまろ)らと共に祀られ、現代に至ります。

晩年こそ寂しいものでしたが、かつて言葉の壁に挑んで海を渡り、果敢に乗り越えた逸勢の姿は、現代の私たちにも勇気を与えてくれるのではないでしょうか。

※参考文献:

後藤隆之 編『歴史人 9 No.129』ABCアーク、2021年8月 保立道久『平安王朝』岩波新書、1996年11月

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