言葉の壁を乗り越えるには?遣唐使として海を渡った貴族・橘逸勢のエピソード (2/4ページ)
とまぁそんな具合に気合と根性さえあれば何らかの智恵はひらめくし、大抵の障壁は克服できてしまうもの……そこで今回は、言葉の壁を乗り越えて遣唐使を務め、後世にその名を伝えた橘逸勢(たちばなの はやなり)のエピソードを紹介したいと思います。
たとえ言葉が解らなくても……橘逸勢は奈良時代の末期、延暦元年(782年)ごろに橘入居(いりい)の末っ子として誕生。幼少時から利発だったそうで、平安時代初期の延暦23年(804年)に遣唐使の一人として抜擢されます。
「しかし、唐の言葉は難しいな……」
でもまぁ、行けば何とかなるだろうと行ってみたはいいものの、やはり言葉の壁は厚く高く、なかなか修得できません。
「困ったなぁ……」
流石に日本国の代表として唐くんだりまでやって来て、それで「何も学べませんでした」では税金泥棒の誹りは免れないでしょう。
こうなったら是が非でも、唐に渡ったならではのモノを学ばねば……逸勢の出した答えは、琴と書道。これなら、言葉が通じなくても実際に演奏し、筆を運べばいいからです。