目黒の五百羅漢寺の羅漢像を彫り上げた松雲元慶に影響を与えた笵道生 (4/5ページ)

心に残る家族葬

しかし道生は新規来航者と見なされ、長崎港までたどり着いてはいたものの、日本国内への入国・滞留が認められなかった。それを受けて、長崎奉行や江戸幕府に対し、黄檗宗の高僧たちの働きかけがあったものの、道生が一旦帰国していたことを理由に、このまま帰国するよう命じられてしまう。9月前後に吐血を患っていたという道生は、帰国便を待つ船の中で11月2日の夜、志半ばで亡くなってしまった。36歳の若さだった。死後、道生は、福済寺同様、「長崎四福寺」に挙げられる崇福寺(そうふくじ)に葬られた。

■最後に…

日本政府は今年1月、新型コロナウィルスの感染拡大を受け、外国人の新規入国を原則、停止していた。出入国在留管理庁によると、同庁から留学や技能実習などの在留資格の事前認定を受けているにもかかわらず、来日していない外国人がおよそ37万人いたという。しかし政府は11月5日に、感染拡大が沈静化していること、そして経済活性化のために制限を緩和し、海外のビジネス関係者や留学生、技能実習生の新規入国を8日から認めると発表した。日本に夢や希望を抱き、人生を賭けて初来日する彼らと、「プロ」として「福建省出身」の「黄檗宗コミュニティ」の縁で日本に招かれた道生の立場や状況とは、必ずしも重なるものとは言えないかもしれないが、もしも彼らの新規入国・滞在が叶ったとしたら、「ほんの目と鼻の先」の日本の土を踏めずに命を落とした道生の分まで、日本での暮らしや学びを満喫して欲しい。絶命までのおよそ3ヶ月間、船内から外に出られない格好の道生が、何を考えながら長崎の海や遠く霞む港を眺めていたかは不明だが、コロナ禍の今を生きる外国人の若者たちが笑い、泣き、怒り、苦しみながらも、一度きりの人生の一部を日本国内で刻むことが、間接的ではあるが、道生の供養にもつながるはずだ。

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