EV車(電気自動車)は70年前からあったんです!~戦後の「遺産」としての自動車開発小史~ (2/4ページ)
そこで立ち上がったのが、元立川飛行場の航空機製造会社にいたエンジニアたちでした。彼らは東京電気自動車㈱を1947(昭和22)年に設立。さっそく同年に電気自動車を開発します。
それが「たま号」です。たま、という名前は会社の所在地にちなんだもの。当時開発されていた数ある電気自動車の中でも「たま号」は性能面で抜きんでていました。もちろん今の車と比べてはいけませんが、当時は高評価でした。
生産制限撤廃、朝鮮戦争、そして……ここで当時の社会状況を説明しておくと、自動車の生産にはGHQ(連合国軍総司令部)による製造許可が必要で、当初はトヨタ自動車、日産自動車でも製造台数は年間数百台に制限されていました。こうした生産制限が撤廃されたのは1947(昭和22)年10月のことです。
電気自動車としては乗用車、トラック、バスも生産され、1947(昭和22)年には948台、1948(昭和23)年になると1,402台、ピークの1949(昭和24)年には1,614台が国内で生産されました。
当時、自動車の生産再開にあわせて、急激にその台数を伸ばしたのが小型3輪車です。少し上の世代の方ならよくご存じでしょう。これは戦前から製造されていましたが、戦後の一時期は物流の貴重な担い手でした。
小型3輪車の最終発展形「マツダ・T2000」(Wikipdiaより)
かくして電気自動車も高評価を得ていたのですが、その後の朝鮮戦争でバッテリーの原料が値上がりし、生産中止を余儀なくされます。ガソリンが大量に出回ったことから、ガソリン車の方がどんどん生産されるようになったという事情もありました。