ほったらかしの満州事変!?軍部の暴走を招いた日本人の不運な選択 (1/4ページ)

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ほったらかしの満州事変!?軍部の暴走を招いた日本人の不運な選択

満州事変は「ほったらかし」だった!?

日本史の本を読んでいると、過去の日本人の動向について理解に苦しむこともあれば、逆に現代と状況がそっくり過ぎて驚くことがあります。

その一つが、満州事変直後から「満州国」が建国されるまでの間の、日本の動向です。

満州事変は皆さんご存じですね。簡単に言えば、旧日本軍の一派である「関東軍」が、中国で勝手に満州全土を占領して「満州国」を建国するに至る事件です。

満州事変の処理のため国際連盟が派遣したリットン調査団(wikipediaより)

これ、軍部の独断専行だったため、日本政府も頭を抱えていました。他国を勝手に攻撃して占領したのだから、世界から非難されます。何とか止めなければなりません。

当時の与党と野党も、「一緒に協力してこの事態を乗り切ろう」と話し合っています。

それなのに、この直後に行われた総選挙では、満州事変のことなどそっちのけでした。ほとんど争点にもならず、「一緒に協力」する話もどこへやら。

なぜ満州事変はほったらかしにされたのでしょう?

これは、政治家の側にも、国民の側にもそうなる理由がありました。

総選挙の争点は、事変よりも「景気対策」

満州事変は1931 (昭和6)年に勃発。とにかく国際関係的によろしくないということで、当時の与党である「民政党」は、野党の「政友会」に、なんと首相の座を明け渡すから協力して軍の暴走を止めよう、と持ちかけます。

この提案はオープンなもので、新聞報道もされました。

これにいったんは政友会も乗り気になります。で、乗り気になればなるほどそれが報道されます。満州事変を企てた関東軍もその情報を得ているので、政府から圧力がかかるのではないかと気が気でない。

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