国際連盟脱退も、実は日本は「孤立」していなかった!?松岡洋右「堂々退場」の本当の理由とは (2/4ページ)

Japaaan

当時の幣原喜重郎外相の発案で、「満州国が是か非か、中立のイギリスから調査してもらって国際連盟で結論を出してもらおう」ということになったのです。

当時は日本とイギリスは大変仲が良かったので、日中関係の改善のためにイギリスに取りなしてもらおうというわけです。

国際連盟総会の第1回会合は、1920年11月15日にジュネーブのSalle de la Réformation(改革の間)で開催されました(Wikipediaより)

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実際には、調査する前に日本の議会で満州国が承認されてしまうという不測の事態が起きて、リットン卿を怒らせてしまうというすれ違いが起きたりもしました。ともあれ、調査は完了します。

松岡洋右「堂々退場」の理由

この報告書をめぐって国際連盟の臨時総会が開かれました。教科書的な結論だけ見ると、国際連盟は満州国を認めず中国の主権を認めるという勧告案を出し、これに42か国が賛成して日本は孤立したことになっています。

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