お前以外には誰にもやらせぬ!信頼する家臣を熱く抱擁、キスをした伊達政宗の男色事情【後編】 (3/5ページ)

Japaaan

(政宗は、普段から酒癖が悪かったとか)

身に覚えもない作十郎は、濡れ衣に怒り罵りの言葉に衝撃を受け、刀で自分の腕を斬り(※)つけて起請文(神仏に誓う文書)を送り、身の潔白と政宗への愛を証明したのです。

※刀で自分の腕を斬り……

当時、男同士の愛の契りを誓い合った者同志は、愛を確かめ合うために「貫肉」「腕引」ということを行いました。腕などに刀を突き付け、愛を確かめあったのです。

五十路だった政宗は、そこまでの行為はできなかった代わりに血判を捺した誓約書を作り、作十郎に届けたそうです。

愛する美青年家臣に熱い抱擁とキスを

片倉小十郎重綱(落合芳幾作)(写真:wiki)

さらに、「こちらが本命の相手」だったといわれているのが「片倉重長(かたくらしげなが)」です。

片倉重長は、片倉景綱の息子であり、父の後を継いで伊達家の家臣となり政宗に仕えました。

戦国時代屈指の美青年として知られ、そのあまりの美しさは、男色家として知られる小早川秀秋(豊臣秀吉の正室・高台院の甥)に、上洛の際、しつこくストーキングされたほどだったとか。

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