お前らには屈しない!死を覚悟の「お尻ペンペン」で人間の誇りを守り抜いた武将・調伊企儺 (1/4ページ)

Japaaan

お前らには屈しない!死を覚悟の「お尻ペンペン」で人間の誇りを守り抜いた武将・調伊企儺

「やだよバーカ、おしーり(尻)ペーンペン!」

子供のころ、喧嘩でこんなパフォーマンスで相手を挑発したことがあるのは、きっと筆者だけではないでしょう。

子供同士の喧嘩であれば、次の瞬間に蹴りが飛んでくるくらいで済むかも知れませんが、大人同士の戦争ともなると、こうした挑発の代償は命をもって贖(あがな)わしむることも少なくありません。

菊池容斎『前賢故実』より、調伊企儺

それでもやらねばならぬ時がある……今回は日本書紀(にほんしょき)』より、死を覚悟して敵に「お尻ペンペン」を敢行した調伊企儺(つきの いきな)のエピソードを紹介したいと思います。

新羅の王よ、我が尻を噉え……

調伊企儺は百済(くだら。朝鮮半島の古代王朝)系渡来人をルーツに持つ勇士で、欽明天皇23年(562年)7月に新羅(しらぎ。同)征伐軍の一員として日本海を渡りました。

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