あまりの美しさが招いた悲劇?日本神話が描く兄妹の近親相姦エピソード (2/3ページ)
薦(こも)を刈り取り、干すためにバラまいたかのように、どれほど乱れようとも後悔しない、あなたと想いを遂げたのだから……。
永らく秘密の関係を保った二人ですが、周囲にはとっくにバレており(※)、允恭天皇が崩御した允恭天皇42年(453年)、近親相姦のスキャンダルをスッパ抜かれてしまいました。
(※)ある朝、允恭天皇が朝食の汁椀をとると、冬でもないのに熱々だった筈の汁が凍っており、不吉に思って占わせたところ、二人の関係が発覚したということです。
「妹と通じるような者に、皇位継承の資格はない!」
木梨軽皇子は弟の穴穂皇子(あなほのみこ。第20代・安康天皇)によって皇太子の座を奪われ、伊予国姫原(現:愛媛県松山市)へ流罪となってしまいました。
「きっと戻って来るから、待っていて下さい」
「えぇ……」
しかし衣通姫は居ても立っても居られずに木梨軽皇子を追って伊予国までやって来ます。再会を果たした二人はこの世の名残とてしばし愛し合い、心中して果てたのでした。