インパクト強すぎ!桓武天皇の妻となった藤原小屎(おぐそ)、その名前に込められた願い (2/3ページ)

Japaaan

「うわぁ、汚れちゃかなわん」逃げ出す鬼(イメージ)

なので、成長して免疫力が高まり、死亡率が低くなると元服してちゃんとした名前に改めるのが通例ですが、彼女はなぜか小屎のまま。

尊卑分脈(そんぴぶんみゃく)』には藤原藤子(とうしorふじこ)との別名が記録されているものの、名づけにちょっと投げやり感も否めず、もしかしたら

「流石に皇統に連なる者に『屎』なんて文字があったら不都合だろう」

と、便宜的に仮称を当てがった可能性も否定できません(藤子≠小屎の別人説もあるようです)が、とりあえず普通に考えれば、小屎が幼名で、成人して藤子と改名したのでしょう。

桓武天皇に入内して延暦7年(788年)に第5皇子の茨田親王(まったしんのう。後に万多親王)を出産、その後のことは記録が残っていません。

果たされた亡き祖父の悲願

ちなみに、彼女の入内についてはひと悶着あったそうで、祖父の藤原魚名(ふじわらの うおな)があまりにプッシュし過ぎたせいで鬱陶しがられ、魚名は失脚させられてしまったとか。

「我が孫を、可愛い孫娘を、是非とも……」

失脚してから間もない延暦2年(783年)に魚名は没してしまったものの、それを憐れんだのか、あるいは何か祟りでもあったのか、間もなく小屎の入内が決定。

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