【鎌倉殿の13人】限定頒布の御城印ゲット!大庭景親が住んでいた?相模国・大庭城の歴史 (1/3ページ)

Japaaan

【鎌倉殿の13人】限定頒布の御城印ゲット!大庭景親が住んでいた?相模国・大庭城の歴史

所用で藤沢市役所へ行ったところ、地元の名城として知られている大庭城(おおばじょう)の御城印が限定頒布(300枚)されていました。

さっそく1枚いただいて来ましたが、そのデザインは戦国時代に大庭城を治めていた扇谷上杉氏(おうぎがやつ うえすぎ)氏の家紋である「竹に向かい雀」。

大庭城の御城印を入手。

大庭と言えば、源頼朝(みなもとの よりとも)公の旗揚げに立ちはだかった序盤の中ボス・大庭景親(おおば かげちか)を連想しますが、源平合戦のころは武士の間に家紋文化が普及していない(※)ため、御城印に適したマークがなかったのでしょう。

(※)源氏方は白旗、平家方は赤旗を掲げれば敵味方の識別ができたため、平家一門が滅亡した後に家紋が使われ始めたと言われています。

さて、今回は大庭景親の館があったとも伝えられる大庭城の歴史を紹介。相模国(現:神奈川県の大部分)のほぼ中央に位置するこの城は、どのような運命をたどったのでしょうか。

大庭景親の館跡だった?

大庭城の起源については諸説ありますが、室町時代後期から戦国時代初期にかけて扇谷上杉氏が築城したとする説が有力なようです。

享徳元年(1452年)に扇谷上杉氏が大庭御厨(おおばのみくりや)を領有しているため、この辺りの時期に築城したか、あるいは既存の砦(※)を本格的に改修したのでしょう。

「【鎌倉殿の13人】限定頒布の御城印ゲット!大庭景親が住んでいた?相模国・大庭城の歴史」のページです。デイリーニュースオンラインは、大庭城上杉朝昌御城印大庭景親神奈川県カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る