残忍で勇猛!戦国時代の武将・宇喜多直家の戦歴と荒々しすぎる所業がすさまじい (4/4ページ)
秀家は、信長が本能寺の変で敗死してもなお父の言いつけに従って秀吉に忠誠を誓い、秀吉が天下を統一すると「五大老」の一人として豊臣政権の中枢を担うことになります。
ですが、秀家には直家ほどの先見性がなかったらしく、秀吉の没後には権力争いに巻き込まれました。そして関ヶ原の戦いでは三成方について敗北、領地を没収されて八丈島に流されています。
秀家については、父親のような過激な行状は伝わっておらずマトモな人だったのだろうと推測されます。もしも父親の直家ほどの才覚があれば、直家の血を引く名将として、今よりももっと有名だったかも知れませんね。
参考資料
・大西泰正『宇喜多秀家 (シリーズ・実像に迫る)』戎光祥出版・2017年
・大西 泰正『宇喜多秀家: 秀吉が認めた可能性 (中世から近世へ) 』平凡社・2020年
・大西 泰正『「豊臣政権の貴公子」宇喜多秀家 』角川書店・2019年
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