激しすぎる!室町時代、どんなセクハラも倍返しで撃退した尼僧・慧春尼の生き方 (2/5ページ)
「……やったか!?」
と思ったら、大抵やれていないフラグというもの。彼女は帰宅するや否や、鉄火箸を真っ赤に焼いて、それを顔面に何度も押し当てました。
「お前、その顔は……!」
「私の覚悟を示しました。この顔であれば、言い寄る物好きもおりますまい」
ズタズタに焼き爛れた妹の顔を見て観念した慧明は彼女を得度させ、法名を慧春尼としました。もしかしたら、俗名に春の字が使われていた(例:春子など)のかも知れません。
天才とナントカは紙一重……度肝を抜かれる奇行の数々さて、めでたく?出家を果たした慧春尼は厳しい修行を乗り越えて印可(いんか。お墨付き)を下され、最乗寺の山麓に摂取庵・正寿庵・慈眼庵を開き、人々の教化に功績を上げます。
しかし天才とナントカは紙一重と言う通り、彼女は相当な奇行で知られていました。
例えばある時、鎌倉の円覚寺へ使いに訪れた際、一人の僧侶が彼女を驚かそうと前に立ちはだかり「老僧が物三尺(意:私の男性器は三尺≒約90センチの長さだ)」とそれを見せつけました。完全にセクハラですね。
しかし慧春尼はあわてず騒がず、それどころか自分の袈裟の裾をまくり上げて自分の女性器を見せつけ「尼が物は底なし(私の女性器は底なし≒そんなものに怯む私ではない)」とやり返します。