7歳で孤児に…父を求め各地を放浪。鎌倉時代に活躍した白拍子・微妙の生涯 (3/4ページ)

Japaaan

微妙の労苦をねぎらう頼家。Wikipediaより

「これまで遠路ご苦労だったな。父君は使いの者に探させるゆえ、しばし鎌倉で休むがよい」

「ありがたき幸せにございまする」

数日後に母の北条政子(ほうじょう まさこ)にも舞を披露させ、微妙は政子の館に引き取られます。

古郡保忠と恋に落ちるが……

鎌倉での滞在中、微妙は御家人の古郡保忠(ふるごおり やすただ)と密かに通じ合うようになりました。

逢瀬を楽しむ微妙と保忠(イメージ)

ただし微妙は父を探す目的があるため、正式な結婚には踏み切れずにいたところ、同年8月に使者が鎌倉へ帰還。

「お父上は、すでに身罷られて(亡くなって)ございました」

そんな……悲嘆にくれた微妙は父の菩提を弔うために出家。名を持蓮(じれん)と改め、彼女を憐れんだ政子によって深沢里に家を与えられました。

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