7歳で孤児に…父を求め各地を放浪。鎌倉時代に活躍した白拍子・微妙の生涯 (3/4ページ)
「これまで遠路ご苦労だったな。父君は使いの者に探させるゆえ、しばし鎌倉で休むがよい」
「ありがたき幸せにございまする」
数日後に母の北条政子(ほうじょう まさこ)にも舞を披露させ、微妙は政子の館に引き取られます。
古郡保忠と恋に落ちるが……鎌倉での滞在中、微妙は御家人の古郡保忠(ふるごおり やすただ)と密かに通じ合うようになりました。
ただし微妙は父を探す目的があるため、正式な結婚には踏み切れずにいたところ、同年8月に使者が鎌倉へ帰還。
「お父上は、すでに身罷られて(亡くなって)ございました」
そんな……悲嘆にくれた微妙は父の菩提を弔うために出家。名を持蓮(じれん)と改め、彼女を憐れんだ政子によって深沢里に家を与えられました。