7歳で孤児に…父を求め各地を放浪。鎌倉時代に活躍した白拍子・微妙の生涯 (1/4ページ)
白拍子と言えば静御前(しずかごぜん)が有名ながら、当然他にも多くの白拍子が活躍。歌舞音曲などの芸能をもって宴席などに華を添えていました。
源義経との恋を引き裂かれた悲劇のヒロイン・静御前。その職業「白拍子」とは?今回はそんな一人・微妙(びみょう)のエピソードを紹介。彼女の生涯を追ってみたいと思います。
生き別れの父を求めて……微妙は生年不詳、京都の公家・藤原為成(ふじわらの ためなり)の娘として誕生しました。
両親に愛されたであろう幸せな日々も束の間、建久年間(1190年~1199年)に父が讒言(ざんげん)のために奥州へと追放されてしまいます。
妻子の同伴は叶わず、家族を引き裂かれた悲しみのあまり母は病床に臥し、間もなく亡くなってしまいました。
7歳で孤児となってしまった微妙は奥州で音信不通となっている父を探すため、白拍子に弟子入りします。
舞の修行を積みながら生計を立て、各地を巡る中で父の情報をつかめるかも知れない。そう考えたのかも知れません。
