エジプトのミイラを包んでいた布(リネン)には大量の文字が書き込まれていた (2/5ページ)

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クロアチア、ザグレブ考古学博物館にあるミイラ image credit:peedyGonsales / WIKI commons

 1859年、バーリが亡くなると、スラヴォニアの司祭だった弟のイリヤがミイラを受け継いだ。

 イリアはミイラには興味がなかったため、1867年にクロアチア、スラヴォニア、ダルマチアの研究機関(現在は、ザグレブ考古学博物館として知られている)にリネンもろとも寄贈した。

 この時点では、誰もミイラを包んでいたこのリネンに文字が書かれていることに気がつかなかった。

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image credit:SpeedyGonsales / WIKI commons

・リネンに書かれた大量の文字「ライバー・リンテウス」
 1867年、ドイツのエジプト学者ハインリッヒ・ブリュッシュがミイラを調べて、初めて文字に気がついた。エジプトの象形文字に違いないと考えたが、ブリュッシュはそれ以上、詳しくは調べなかった。

 それから10年後、ブリュッシュは友人のイギリス人探検家、リチャード・バートンと話す機会があった。
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