エジプトのミイラを包んでいた布(リネン)には大量の文字が書き込まれていた (1/5ページ)
[画像を見る]
1798年、ナポレオン・ボナパルト率いるフランス軍がエジプトで軍事作戦を開始した。このとき、兵士や軍関係者だけでなく、サヴァンと呼ばれる学者や科学者などが大勢帯同させられた。
戦争に巻き込まれたこうした学者たちが、ヨーロッパ人の古代エジプトへの関心を煽り、エジプトマニアを生み出す結果になった。
やがて、古代エジプトの遺物、像やパピルス、ミイラまでもが、ナイルをさかのぼり、ヨーロッパの美術館に輸出されるようになった。
こうして送られた多数のミイラのうち、とくに興味深いミイラがあった。そのミイラを包んでいたリネンには大量の文字が書かれていたのだ。
このミイラを包むリネンは「ライバー・リンテウス」(ラテン語で"リネンの本")として有名になった。現在、クロアチアのザグレブ考古学博物館に所蔵されている。
・お土産としてヨーロッパに持ち込まれた女性のミイラ
1848年、ハンガリー王室大使館事務局ののクロアチア人職員であるミハイロ・バーリは、職を辞して、旅に出た。
エジプト、アレキサンドリアにいたとき、バーリはなにか土産を買おうと思い立って、女性のミイラが納められた石棺を購入した。
ウィーンの自宅に戻ると、バーリは居間の隅にこのミイラを直立の状態で置いた。ミイラを包んでいたリネンの包帯は取り外し、別のガラスケースの中に入れて展示した。