京都の清水寺は征夷大将軍・坂上田村麻呂が創建に深く関わった寺院だった【後編】 (2/5ページ)
その源を辿っていくと、そこで長年、千手観音を念じつつ滝修業を行っていた行叡居士と出会いました。
行叡居士は賢心に、観音力を込めたという霊木を授け、
「わたしは長い年月あなたが来るのを待ち続けていた。この霊木で千手観音像を彫刻し、この観音霊地を守ってくれ」
と言い残して姿を消してしまいました。
「行叡居士こそ、観音様の化身に違いない」
と悟った賢心は、霊木で千手観音像を刻み、行叡の草庵に安置し、観音霊場を守りました。これが清水寺の草創とされます。そして、行叡居士が滝修業を行った滝が、その後「音羽の滝」と呼ばれ、今も清らかな水が湧き続けています。
現在も清らかな清水を湧き出す音羽の滝。(写真:T.TAKANO)
賢心・田村麻呂の出会いと清水寺の創建