京都の清水寺は征夷大将軍・坂上田村麻呂が創建に深く関わった寺院だった【後編】 (5/5ページ)
田村麻呂の脳裏に蘇るのは、長い蝦夷との戦いであったのではないでしょうか。特に、朝廷に帰属させようと自ら説得し、投稿させたものの、その願いがかなわず刑死させてしまった阿弓流為(アテルイ)と母禮(モレ)に対する慰霊の念は強かったと思われます。
清水寺は、志半ばで散った阿弓流為と母禮。そして、敵味方を問わず蝦夷征伐で没した多くの人々の鎮魂の寺院でもあったのです。
境内に建つ阿弓流為と母禮の顕彰碑。(写真:T.TAKANO)
京都を訪れ、清水寺へ参詣の機会がありましたら、このような歴史に思いを馳せていただければと思います。2回にわたりお読みいただきありがとうございました。
◎参考文献
『京都ぶらり歴史探訪ウォーキング』メイツユニバーサルコンテンツ・京あゆみ研究会著(執筆・編集・撮影:高野晃彰) 『京都札所めぐり 御朱印を求めて歩く 巡礼ルートガイド改訂版』メイツユニバーサルコンテンツ・京都歴史文化研究会著(執筆・編集・撮影:高野晃彰)s日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan