【鎌倉殿の13人】弁財天からの贈り物?北条氏の家紋「三つ鱗」の由来を紹介 (1/4ページ)

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【鎌倉殿の13人】弁財天からの贈り物?北条氏の家紋「三つ鱗」の由来を紹介

三つの三角形がそれぞれの点でつながり合ったデザインの「三つ鱗(みつうろこ)」と言えば、北条(ほうじょう)氏の家紋として有名ですね。

(見る人によっては「大きな三角形の中に逆立ちした三角形が入っている」ようにも見え、どっちに見えるかで自分の心理状態がわかるとか何とか)

三つ鱗紋。別名「北条鱗」とも。

北条氏の影響が色濃く残っている鎌倉の神社仏閣、史跡など多くの場所で見られるので、鎌倉へおいでの際は探してみると楽しいでしょう。

ところで、北条氏はいつから三つ鱗の家紋を用いるようになったのでしょうか。今回はその由来、鎌倉幕府の初代執権として活躍した北条時政(ほうじょう ときまさ)のエピソードを紹介したいと思います。

時政の前に、弁財天が降臨!

時は平安末期の建久元年(1190年)、信心深い北条時政は子孫繁栄の願をかけるため、相模国江島の窟(いわや)に籠もりました。

江島(現:神奈川県藤沢市江ノ島)の信仰は古墳時代の欽明天皇13年(552年)、勅命によって宗像三女神(むなかたさんじょしん。スサノオノミコトの娘三柱)を祀ったことに始まります。

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