てんりゃく?てんれき?どっちも同じ天暦だけど…日本以外でも使われていた元号のトリビア (3/5ページ)
モンゴル帝国第11代カアン)に対抗して即位した時に改元。兄のコシラ(和世㻋)と2代にわたって用いました。
モンゴル帝国カアン位を奪取した梟雄トク・テムル(画像:Wikipedia)
後世「天暦の内乱」と呼ばれるカアン位継承争いを制したトク・テムルは兄のコシラに帝位を譲ったものの、その直後にコシラが変死(暗殺説も)。
カアンに復帰したトク・テムルは天暦3年(1330年)5月8日、元号を至順(しじゅん)と改めたのでした。
天暦元年(1328年)
9月13日 トク・テムルが第12代カアン位(並びに第8代元皇帝)に即位
10月13日 トク・テムルがアリギバ(9歳?)を滅ぼす(混乱の中で死去。処刑か)天暦2年(1329年)
4月 トク・テムルが兄のコシラに皇位を譲り、自身は皇太子に
8月2日 トク・テムルとコシラが会見
8月6日 コシラが急死(暗殺?)
8月15日 トク・テムルが復位するが、親衛隊長エル・テムル(燕鉄木児)の傀儡に天暦3年(1330年)
5月8日 至順に改元
日本だと一世一元(いっせいいちげん。