てんりゃく?てんれき?どっちも同じ天暦だけど…日本以外でも使われていた元号のトリビア (4/5ページ)
天皇陛下一代ごとに元号を一つのみとする制度)が定着した現代はもちろん、御代替わりに際して改元するのが当たり前の感覚ですよね。
しかしモンゴル帝国ではちょっと感覚が違ったらしく、同じ元号を皇帝2人で使っているなど、元号と帝位・治世のつながりが若干弱かったのでしょう。
ちなみに次の至順も、トク・テムルと次代のイリンジバル(懿璘質班。コシラの子)で兼用されました。
終わりに他にも元号ではありませんが、19世紀の宗教叛乱である太平天国(たいへいてんごく。1851~1864年)で用いられた太陽暦も天暦(てんれき)と呼ばれます。
これは1年を12ヶ月366日(奇数の月を31日、偶数の月を30日)として閏月を廃止、西暦にならって曜日の概念を導入したものです。
二十四節気を基準として節気を月初、中気を月半ばとしました。