【鎌倉殿の13人】独りじゃないよ!流人時代から頼朝に仕え、気にかけた者たち【後編】 (2/6ページ)
彼の出自については諸説あってハッキリしないのですが、ここでは三河国宝飯郡郡小野田郷(現:愛知県豊橋市)を領していた小野田兼広(かねひろ。兼盛か)の子であるとの説をとります。
劇中では安達(あだち)盛長となっていますが、その苗字は文治5年(1189年)奥州征伐の後に陸奥国安達郡安達荘(現:福島県二本松市)を拝領した以降に名乗りました。
三河の武士がなぜ伊豆の流人に仕えたのか……そのキッカケは、かの比企尼(演:草笛光子)の娘・丹後内侍(たんごのないし。実名不詳)を娶ったから。
尼「そなたたち、すぐに佐殿へお仕えしなさい!」
盛長夫妻「「はい!」」
伊豆に流された頼朝が心配で心配でしょうがない比企尼は、夫・比企掃部允(ひき かもんのじょう)の尻を叩いて請所の武蔵国比企郡(現:埼玉県比企郡)に引っ越し。そこから20年にわたって無償の愛を仕送りし続けるほどの頼朝ラブでした。