【鎌倉殿の13人】源頼朝と梶原景時…和歌を通じて交わされる主従のユーモア (3/4ページ)
「丸太でもくれてやって、さっさと先に急ぎましょう」景時の投げやり?な回答(イメージ)
そ満かハ(杣皮)とは杣(そま。木材を供給するための山)から伐採して、樹皮がついたままの丸太。杣の表面(皮)に生えているから杣皮とも。
くれ(榑)も同じ意味で、これは「くれてやる」とかけています。すき(杉、過ぎ)はスギの樹と、さっさと通り過ぎる意味がかかっていますね。
また伐り出した杣皮を流して運ぶ川を杣川(そまかわ)と言い、川が流れるように「さっさと行かない(川を過ぎない)と日が『暮れ』ちまいますよ」という景時の焦りが現れているようです。
頼朝にとって秘書的な存在でもあった景時のこと、恐らく道中のタイムキーパー役も担っていたのでしょう。
終わりに於橋本驛。遊女等群參。有繁多贈物云々。先之有御連歌。
はしもとの君にハなにかわたすへき
たゝそ満かハのくれてすきはや 平景時※『吾妻鏡』建久元年(1190年)10月18日条
けっきょく頼朝はここでかなり散財したらしく、馬の鞍やくくり染めの布地などを贈って彼女たちを喜ばせた……と『増鏡』は伝えています。
「……御殿」
「平三(景時)が『そまかわ』でもくれてやれと申したゆえ、『染ま』った布と『革』の鞍を贈ったまでじゃ。