【鎌倉殿の13人】源義高は女装し脱出!決死の覚悟で身代わりになった海野幸氏の活躍ぶり (2/6ページ)

Japaaan

この幸親は名前が似ていることから義仲四天王の一人である根井行親(ねのい ゆきちか)と同一人物との説もあり、海野家も豪傑揃いだったのでしょう。

通称は小太郎。初陣は治承4年(1180年)、主君・木曽義仲の挙兵に従ったといいます。この時わずかに9歳。さすがに前線には出なかったでしょうが、まだ元服すらすませていない童の従軍に、義仲らの総力戦ぶりが見てとれます。

清水冠者義高。歌川貞秀『英雄百首』より

寿永2年(1183年)、義高が鎌倉へ人質となるとこれに同行。他に同族の望月重隆(もちづき しげたか)、藤沢清近(ふじさわ きよちか)らが従いました。

そして寿永3年(1184年)1月20日、義仲が源範頼(演:迫田孝也)・源義経(演:菅田将暉)らによって討ち取られると、義高にも誅殺の危機が迫ります。

「このままでは冠者殿の御身が危い。何とかせねば……」

大姫から情報を得た(※)義高は一計を案じ、女装して大姫の侍女たちと一緒に御所を脱出。あらかじめ隠しておいた馬に乗って逃走しました。馬蹄の音が響かぬよう、馬の足を綿で包むという念の入れようです。

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