【鎌倉殿の13人】源義高は女装し脱出!決死の覚悟で身代わりになった海野幸氏の活躍ぶり (3/6ページ)
(※)これは頼朝がわざとリークさせたもの。弱者を一方的に討てば外聞が悪いため、情報を流して義高に行動≒謀叛を起こさせるための罠でした。
一方、幸氏は義高の身代わりとなって義高の寝床に入り、夜が明けると義高の席でひとり双六(すごろく。現代のバックギャモンに近いゲーム)を打ち続けます。
日ごろ義高がそうしていたらしく、サイコロの音がするので御家人たちは「冠者殿はいつものように遊んでいるのだろう」と思っていたとか。
ちょっと呑気すぎる気もしますが、昼食などに声をかけなかったのでしょうか。
しかし、夜になるとさすがにバレてしまいました。頼朝は激怒して幸氏を捕らえ、御家人の堀藤次郎親家(ほり とうじろうちかいえ)に命じて追手を派遣、見つけ次第討ち取るよう命じます。
それにしても、よく数え12歳(満11歳。現代なら小学5~6年生)の少年が、たった一人でここまで粘りましたね。
死を覚悟した幸氏だが……けっきょく義高は脱出から数日後、入間河原(現:埼玉県狭山市)まで逃げたところで討ち取られてしまいました。その首級は元暦元年(1184年)4月26日に鎌倉へもたらされます。