【鎌倉殿の13人】あな恐ろし…任務をしくじった鮫島宗家に頼朝が下した罰とは (3/5ページ)
※『吾妻鏡』元暦元年(1184年)6月16日条
酒席についた忠頼を天野藤内遠景(あまの とうないとおかげ)が背後から斬り捨てたはいいものの、庭で控えていた忠頼の供侍(護衛)が異変に気づいて御所内へ乱入してきました。
新平太(しんへいた)とその甥の武藤与一(むとう よいち)、そして山村小太郎(やまむら こたろう)はめいめい太刀を抜き払います。
「謀りおったな……主の仇、討たいでか!」
早々に退室した頼朝を追って三人は大暴れし、取り押さえようとした御家人たちに多くの負傷者を出しました。
頼朝の寝所近くまで迫った三人を何とか食い止めたのは、稲毛三郎重成(いなげ さぶろうしげなり)と榛谷四郎重朝(はんがや しろうしげとも)、そして結城七郎朝光(ゆうき しちろうともみつ)。
「これ以上は行かせぬ!」
三人の奮闘により、新平太と武藤与一はたちまち斬り捨てられます。山村小太郎は遠景と対峙していたところ、魚板(まないた)でぶっ叩かれて縁の下に転げ落ち、遠景の郎従によって首を掻き切られたのでした。