【鎌倉殿の13人】あな恐ろし…任務をしくじった鮫島宗家に頼朝が下した罰とは (4/5ページ)
ちなみに魚板というのは現代の俎板とちょっと違い、載せた魚を客の目の前で捌いて活け造りにするための食器。というよりむしろテーブルに近いもので、そんなものを振り回す遠景のワイルドぶりが目に浮かぶようです。
こうして甲斐源氏の勢力を切り崩すべく、一条忠頼の暗殺に成功したのですが……そう言えば、宗家はどこにも出てきません。何をやっていたのでしょうか。
同士討ちのけじめとして……宗家は一条忠頼の暗殺現場で何をやっていたorやらかしたのか……その答えは、事件の翌日に判明します。
元暦元年六月小十七日甲戌。召鮫嶋四郎於御前。令切右手指給。是昨夕騒動之間。有御方討罪科之故也。
※『吾妻鏡』元暦元年(1184年)6月17日条
【意訳】頼朝は鮫嶋四郎(宗家)を呼び出し、右手の指を詰め(切断)させた。これは昨夜の騒動において、味方を殺してしまったためである。
忠頼の供侍三名が暴れ回っているところへ応戦しようと斬りかかったら、何とそれは味方でした……というオチ。
なお、切断と言ってもさすがにすべての指ではなく、刀を握る時に力の入る小指と考えるのが妥当でしょう。