たった一日の執権職…鎌倉幕府最後の執権・北条貞将が見せた忠義の心意気 (5/5ページ)
ちなみに長い方の第2位は第3代・北条泰時(やすとき)の18年ちょうど、短い方は貞将の父である第15代・北条貞顕(さだあき)の11日間。
貞顕は執権就任に反対する声が大きく、暗殺の風聞まで立ったため辞職に追い込まれており、貞将の執権就任は金沢流最後の意地を見せたと言えるでしょうか。
貞顕は東勝寺で自刃、貞将の長男・北条忠時(ただとき)は父と共に自刃。次男の北条淳時(あつとき)は再起を期して鎌倉を脱出、伊勢国へ潜伏したものの、6月3日に討たれてしまいました。
人生の価値はその長さよりも密度。執権をはじめとする公職もまた、ただ長く務めるよりもいかに務めたかが大切なのではないでしょうか(もちろん、真面目で優秀な方に長く務めてもらうに越したことはありませんが)。
執権を務めた貞将最期の1日は、まさに百年の命を棄てるに値する輝きを放ったことでしょう。
※参考文献:
永井晋『北条高時と金沢貞顕 やさしさがもたらした鎌倉幕府滅亡』山川出版社、2009年10月 細川重男 編『鎌倉将軍 執権 連署列伝』吉川弘文館、2015年11月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan