裏切られて憎さ百倍…都を追われる源義経が詠んだ源頼朝への恨み節【鎌倉殿の13人】 (2/4ページ)
思うより 友を失う 源の
家には主 あるべくもなし【意訳】疑いの思いにとらわれ、証拠もなく親族や盟友の粛清を続ける源=頼朝の家には、やがて主どころか誰もいなくなってしまうだろうよ!
生まれてすぐに父を喪い、母や兄たちとも生き別れて肉親の愛情に飢えていた義経が、誰よりも敬慕した兄・頼朝。
その想いを裏切られて憎さ百倍、義経の悔しさがにじみ出ています。
やがて文治5年(1189年)閏4月30日に義経は奥州の衣川で自害。死んだ秀衡の跡を継いだ藤原泰衡(演:山本浩司)が、頼朝の圧力に屈したためです。
いつの誰だか、義経の死を惜しむ人々によってこんな川柳が詠まれたとか。
西海の くろうも水の 泡となり
【意訳1】秀衡と再会して後ろ盾を得た九郎義経も、あっけなく(水泡の如く)死んでしまった。
【意訳2】せっかく西海(平家討伐)で手柄を立てたのに、その苦労も水泡に帰してしまった。
判官の 衣(ころも)年経(とし へ)ず 綻びる
【意訳】判官義経の衣は年を経ていないのに、すぐ綻びてしまった。
二番目の句は前九年の役において源義家(よしいえ。