美学、意識、絶対などの言葉を日常語に。日本哲学用語の父・井上哲次郎の功績とその思想的変遷 (3/3ページ)

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井上は『国民道徳概論』 (1912年)において「日本固有の民族的精神」の大切さを説きつつも西洋の思想も取り入れる柔軟性を見せ始めました。

それもあってか1925年、著書の『我が国体と国民道徳』の中で「三種の神器のうち、鏡と剣は失われてしまい、現存するのは模造 である」と記したところ、この表現が国家主義者の癇に障ったらしく「不敬(無礼)」であるとの猛烈な批判を受けます。

井上はかつて内村鑑三に対して行なったような非難する側でなく、今度は「される側」の立場となってしまったのです。

『我が国体と国民道徳』は発禁処分となり、さらには公職も辞することとなります。

「井ノ哲」とも呼ばれた老年期の井上(wikipediaより)

それでもくじけず、1944年に90歳で亡くなるまで快活に、喜んで哲学の研究・教育・普及に精進し続けました。

どうしても西田幾多郎や和辻哲郎などと比べると目立たないところがありますが、こういう学者もいたのです。

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