【真説 鎌倉殿の13人】源義経が一ノ谷の戦いで行った奇襲・逆落としの真相は三種の神器の奪回にあった【後編】 (3/5ページ)

Japaaan

そして一ノ谷の戦いは午前8時に戦端が開かれ、午前10時頃には平氏の敗北が決定的になっています。(時の右大臣九条兼実の日記『玉葉』の1183(寿永3)年2月8日条)

つまり、義経は開戦から2時間の間に「逆落とし」を行い、さらに平氏軍と戦わなければならないのです。

源義経。(写真:Wikipedia)

人間が1キロ進むのに要する時間は徒歩で約13分、走りで約8分とされます。義経率いる別動隊は騎馬兵だけではなく、多くは徒歩兵で占められていたはずです。それも完全武装で山間の悪路を進むわけですから、どんなに速くても1キロ進むのに10分はかかったことでしょう。

このように考え、義経が開戦と同時に移動を始めたとすると、

(1)生田口→鵯越(5キロ・50分)/生田口8時に出発、鵯越に9時に到着。

(2)生田口→鉄拐山(18キロ・3時間)/生田口8時に出発、鉄拐山に11時に到着。

という計算が成り立ちます。これはしつこいようですが、義経が開戦と同時に生田口を出発したと仮定しての計算になります。(1)は戦闘に間に合います。(2)は戦闘に間に合いません

次に義経が、開戦時間の8時に鵯越にいたと仮定しましょう。そして、安田義定に別動隊本体を任せ、自分は遊撃隊70騎を率いて鉄拐山に向かったとします。

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