「鎌倉殿の13人」富士の巻狩り、そして曽我兄弟の仇討ちは…第23回放送「狩りと獲物」予習 (4/12ページ)
只今即彼等群集。頗物忩也。相率于傍。撰置藝能者。可随召之由被仰付云々。其後遊女事等至訴論等。義成一向執申之云々。
※『吾妻鏡』建久4年(1193年)5月15日条
あまりのどんちゃん騒ぎにさすがの頼朝も辟易したのか、里見冠者義成(さとみ かじゃよしなり)に遊女たちの取り締まりを命じます。
「鎌倉殿のお目にとまれば、御台所は無理でも側女くらいにはなれるかも」
「それよりも万寿様の方がいいんじゃないかしら」
「だったらなおのこと、鎌倉殿のお近づきにならなくちゃ」
……遊女たちは、そんな野心を燃やしていたのかも知れませんね。
初めて仕留めた万寿の獲物。喜ぶ頼朝に対して、政子の反応はさて、女遊びばかりもしていられません。武士は古来「弓馬の者」と言われる通り、狩猟は弓射と馬術を披露する絶好の機会。
獲物を手に入れればその日の食事と土産話もできるし、何より遊女たちにもいいところを見せつけられます。
建久四年五月大十六日辛巳。富士野御狩之間。將軍家督若君始令射鹿給。愛甲三郎季隆本自存物達故實之上。折節候近々。殊勝追合之間。忽有此飲羽云々。尤可及優賞之由。將軍家以大友左近將監能直。内々被感仰季隆云々。此後被止今日御狩訖。属晩。於其所被祭山神矢口等。江間殿令献餠給。此餠三色也。折敷一枚九置之。以黒色餠三置左方。以赤色三置中。以白色三居右方。其長八寸。廣三寸。厚一寸也。以上三枚折敷。如此被調進之。狩野介進勢子餠。將軍家并若公敷御行騰於篠上令座給。上総介。江間殿。三浦介以下多以參候。此中令獲鹿給之時。候而在御眼路之輩中。可然射手三人被召出之。賜矢口餠。所謂一口工藤庄司景光。二口愛甲三郎季隆。三口曾我太郎祐信等也。梶原源太左衛門尉景季。工藤左衛門尉祐經。海野小太郎幸氏爲餠陪膳。持參御前。相並而置之。先景光依召參進。蹲居取白餠置中。取赤置右方。其後三色。各一取重之〔黒上。赤中。白下〕置于座左臥木之上。是供山神云々。次又如先三色重之。三口食之〔始中。次左廉。次右廉〕發矢叫聲。太微音也。次召季隆。作法同于景光。但餠置樣。任本躰不改之。次召出祐信。仰云。