「鎌倉殿の13人」富士の巻狩り、そして曽我兄弟の仇討ちは…第23回放送「狩りと獲物」予習 (6/12ページ)
父上をはじめ、御家人たちみんなから祝福される万寿。さぞや誇らしかったことでしょう。
そんな万寿の「大手柄」をいち早く鎌倉へ伝えるべく、頼朝は梶原景高(かじわら かげたか)を政子(演:小池栄子)の元へ派遣します。
……が。政子のリアクションはドライそのもの。
「は?バカじゃないの?武士の子が鹿を射たから何だって言うの。まさかそんなことを伝えるためだけに、わざわざ来たんじゃないでしょうね!」
建久四年五月大廿二日丁亥。若公令獲鹿給事。將軍家自愛餘。被差進梶原平二左衛門尉景高於鎌倉。令賀申御臺所御方給。景高馳參。以女房申入之處。敢不及御感。御使還失面目。爲武將之嫡嗣。獲原野之鹿鳥。強不足爲希有。楚忽專使。頗有其煩歟者。景高歸參富士野。今日申此趣云々。
※『吾妻鏡』建久4年(1193年)5月22日条
かの八幡太郎源義家(頼朝の高祖父)はかつて13歳で初陣を飾り(前九年の役)、敵を討ち取ったというのに、射返しても来ない鹿を射止めたくらいで調子に乗るなんて……平和ボケもはなはだしい。
と言うより、そもそも狩りだの軍事訓練だのと大義名分をつけて、どうせ黄瀬川あたりの遊女でも囲ってバカ騒ぎしているんでしょうよ!
「いえ、左様なことは……」
ないとは言えない……可愛そうに、面目を失った景高は再び狩場へと戻っていったのでした。
山の神の怒りを買ってしまった?まぁ気を取り直して、狩りはまだまだ続きます。みんな弓馬の腕をいかんなく披露し、風に毛が舞い、血の雨を多く降らせたと言うから凄まじい。
建久四年五月大廿七日壬辰。未明催立勢子等。終日有御狩。射手等面々顯藝。莫不風毛雨血。爰無雙大鹿一頭走來于御駕前。工藤庄司景光〔着作与美水干。駕鹿毛馬〕兼有御馬左方。此鹿者景光分也。可射取之由申請之。被仰可然之旨。本自究竸射手也。人皆扣駕見之。景光聊相開而通懸于弓手。發射一矢不令中。鹿抜于一段許之前。景光押懸打鞭。二三矢又以同前。